crash2
今回は、映画三昧ブログ開設1周年記念!
というわけで最近、1週間以上も更新できなかったこともあり、
この1年間の反省と自戒をこめて『クラッシュ』について書こう。

コレ、今回のアカデミー作品賞候補5本の中で唯一見ている映画。
オスカー予想とは別に、とても応援したくなる、いい映画だった。

全米では昨年5月(日本では2006年2月11日)に公開され、
5500万ドルを稼ぐ中ヒットを記録したLAが舞台の現代劇だ。

人種偏見についての映画、と一言で片づけてしまうのは、
サンドラ・ブロックなどのパートを見れば間違いではない、
といえるけれど、この映画の良さが半分も伝わらないだろう。


実は昔、私は夢の中で、まったく知らないアカの他人を
しょっちゅう殺していた……。理由はよくわからないけど、
たいがい電車の中とかで超ムカつく奴がいてボコボコにしたり、
線路に突き落としたり、たまたま車を運転中に飛び出してきた
人を轢き殺してしまったり……なんてことも時々あったかな。

問題は、その夢の結末。なぜかいつも同じパターンだった。
自分にとっては、殺したいほどムカつく態度の奴が、なぜか必ず
殺した後に、そいつが世間的に評判のいい人だったとわかる……
両親に優しかったり、家族思いだったり、なぜか殺した奴に限って
みんないい人!なのだ。で、そいつの親とかが、涙ながらに訴えて
くると、どんなにムカつく奴だったか、なんて説明しても無意味。

なんで、いつもそうなんだろう、と夢の中で毎回、悩んでいた。
そこで夢はいつも終わり。実際に人を殺したことはないので、
多分、似たような夢をよく見ていたんだと思うけど(笑)。
でも、割り切れない思いだけがいつも残った……

『クラッシュ』を見ていたら、突然またその夢の中に引き戻されて
ボーッと見ているような感覚に襲われた。確かにビデオなどで寸断
しながら見ていたら、そんなマジックにはかからなかったかもしれ
ないし、見るのが辛くなってたかもしれない。なぜかというと……

『クラッシュ』は、人と人との繋がりや関係の「悪い面」ばかりを
ピックアップしたような映画だからだ。
ある意味、人と人との繋がりの「素晴らしい面」ばかりを出会いと
愛でくくった名作『ラブ・アクチュアリー』とは対極をなす映画。
『ラブ・アクチュアリー』のダークサイド版と思って間違いない。
この映画の甘さが嫌いだった人には、ぜひ『クラッシュ』を劇場で
(辛くともノンストップで観られる環境で)見てほしいと思う。

とにかく『クラッシュ』に出てくる人たちは皆、他人の言うことを
まったく聞かない。一人一人の内情を見てみると、実はみんな、
そんなに悪い人じゃない。というか結構、善良な人たちなんだけど、
いざ他人との関わり合いをもつと自分の主張ばかり始めて、
人の話に聞く耳をもたない。相手に理解を示さない。

これはブログをやっていて感じたことでもある。
主張と理解のバランスが崩れ、自己嫌悪に陥ることもある。
これが一年を通じての反省だ。実はソーシャルネットなどでも、
そうした泥沼の言い争いが裏では頻繁にあるらしい。

その結果、いろんな最悪な状況が生まれるわけだが、
人種偏見は、その一つの要因に過ぎない。

特に印象的なのは、ヒスパニック系の錠前屋とイラン人の話。
全財産を叩いてアメリカに渡り、店をオープンしたイラン人が
用心のため拳銃を購入しようとするが、イラク人と間違われて
互いの主義主張を譲らずクラッシュしまくる。このイラン人、
あとで錠前屋に店のドアのカギを直してもらおうと依頼するが、
「ドアの周りを直さないと、これではカギを直しても無意味だ」
という錠前屋の助言を聞かず、「いいから言われた通り直せ!」
の一点張りで、まったくラチがあかない。それで、この錠前屋、
お金を受け取らずに帰ってしまう。後日、イラン人の店は夜中、
強盗に破壊され尽くす。全財産がパーだ。絶望したイラン人は、
錠前屋を逆恨みし、拳銃をもって錠前屋の住所を捜し当てる。

この錠前屋には一人娘がいて、娘のために一所懸命働いている。
「この透明マントを身に付けていれば天使が命を守ってくれる」
と、娘にプレゼントする優しい父親だ。そこへイラン人が現れ、
彼に拳銃を突きつける。それを見た娘は「パパは今、透明マント
を付けてないから、天使が守ってくれない!」と家を飛び出し、
拳銃と父親の間に割って入る。銃撃音。娘を抱きしめ叫ぶ父親……

『クラッシュ』は、最もそうなってほしくない、と思う方へと話が
展開する。もう、やめて、とお願いしたくなるストーリーなのだ。

マット・ディロン扮するベテラン警官に、セクハラ的な取り調べを
受ける黒人女性の話もそうだ。こんな横暴なセクハラ警官だけには
二度と会いたくないと思っているのに、車の横転事故でガソリンが
漏れ、怪我して脱出できない彼女を救いに来たのは、たまたまそこ
に居合わせたマット・ディロンなのだ。「来ないで!」と叫ぶが、
このままではすぐに引火して爆発してしまう、その皮肉な状況…。

マット・ディロンの行き過ぎたやり方に我慢ならず、コンビ解消を
直訴する相棒の若い警官(ライアン・フィリップ)は、この映画で
唯一、人の話を聞き入れ、温情も厚い一番いい奴だった。なのに、
結果的に彼だけが法的に取り返しのつかない行為に及んでしまう、
その皮肉さ。一方で、人の話をまったく聞かないマット・ディロン
が、家では不憫な闘病生活を送っている父親思いの一面もあったり
……まさに、これが現実だ。人間にはいろんな面があって、捉え方
によっては、善人にも悪人にもなる……実に見事な脚本だった。
終わり方の切れ味も良かった!
最近、マンネリ化している群衆劇の大家ロバート・アルトマン監督
作品より、はるかに上をいく出来ばえだ(総合評価★★★★★)。

この脚本は『ミリオンダラー・ベイビー』でアカデミー脚色賞候補
となったポール・ハギス、彼の監督デビュー作でもある。当然、
今回のオスカー予想では、個人的に最も応援している映画だ。


最近、あの夢を見なくなったのは、その夢に対して一つの結論が
出たからだ、と思っている。それは、殺された人の家族や友人が
死んだ人に対して、「あー、あいつは殺されて当然の奴だったね」
なんてコメントするはずがない、家族のコメントもその人の一面
を語っているに過ぎない、と思えるようになったからだろう。
ただし、新聞やニュースでは、その一面しか取り上げられない。
結果論とその感想でしか物事は語られないことが実に多い。
『クラッシュ』はその内情をいろんな角度から見せてくれる。
イーストウッドの『ミスティック・リバー』とテーマは同じ。
現実は思ったより複雑で、時に非情だ。何事も理解し合うこと
から始めるしか、良くなる方法はないのだろう。

読者の皆様、一年間ありがとうございました。
また今後とも宜しくお願い致します。