ミリオンダラー・ベイビー
クラッシュ』でアカデミー作品賞を獲ったポール・ハギス脚本、
同じく『クラッシュ』に出演していたライアン・フィリップ主演、
そして『南極物語』に主演したポール・ウォーカーも出演する、
クリント・イーストウッド監督の次回作『父親たちの星条旗』が
既にクランクアップして今秋、日本公開されることになった。

前作『ミリオンダラー・ベイビー』は、再びアカデミー監督賞と
作品賞を彼にもたらした他、主演女優賞、助演男優賞も獲得し、
興行的にも『ザ・シークレット・サービス』以来の全米1億ドル
突破となる大ヒットで、あまりに皆が大絶賛するもんだから、
子供の頃からのクリント・イーストウッドのファンとしては
「あまのじゃく」的な気分に陥り、昨年見た映画の「第1位」
投票までしておきながら、これまで紹介記事を書いてこなかった。

だいたい内容的には皆さんが書いている通りの傑作で、自分も同じ
ような紹介記事を書いても仕方ないし、より詳しく書こうとすれば
キリがなくなりそうで、出世作の『荒野の用心棒』(1964年)から
1本ずつ全部(正確には見てないのが数本ある)紹介したい衝動に
今でも駆られるけど、それじゃ何カ月もかかってしまうし…(笑)

最も笑った紹介文は、「実話でもないのに、私の日常より不幸になる
人の話を見せられて、ドーッと落ち込んだ。普通に生活したい人は、
見ない方がいい。地獄の炎に焼かれますよ!」みたいな感想だった。

でも、時々トンチンカンな紹介文を書いてる人もいて(おそらく、
ここ十数年ほどのイーストウッドしか見てないからだと思われる)、
意外と最盛期の彼を見てなくて、知らない人が多いんだなぁ~と。
それで、少しずつイーストウッドについて書きたくなってきた。

言うまでもなく、イーストウッド最盛期の主演作は半数近くが西部劇。
スクリーンで何十人、何百人もの人を殺してきた暴力アクション系の
大スターとして認識されてきた。彼の最後の西部劇『許されざる者』
(1991年、アカデミー監督賞・作品賞受賞作)は、そんなヒーロー像
に対する訣別とも取れる内容で、その頃から「出演せずに監督だけ」
という作品も増え、それまでの「男の美学」的なテイストに加えて
監督の立場から「人生」を俯瞰で描くようになってきた。だから、
「女に彼の魅力など、わかるワケない」と勝手に思い込んでいる
昔からのイーストウッドのファンは、いまだに彼のタフガイ像を
追い求め、主演している監督作こそ彼の王道だと信じてやまない。
本当はその程度じゃ言い足りないんだけど、彼の作品を見る上で、
この点だけは最低、共通認識として押さえておいてほしいと思う。

とりあえず、イーストウッドが主演しているかどうかは別として、
『ミリオンダラー・ベイビー』の構成は『ミスティック・リバー』と
よく似ている。最初に人物がサッと紹介され、中盤は女性ボクサーと
老トレーナーが二人三脚でチャンピオンを目指す話で物語を引っ張る
(『ミスティック・リバー』は推理劇として展開する)……そのへん
の細かい描写は、原作者が本物のカットマン(止血師)だったので、
リアルなことこの上ない。ところが両作とも最後になって、それまで
の展開から予想されるテーマとは全然違う話だってことがわかる。
この構成力は、もはや名人芸の域に達していると言えるだろう。

ただし『ミリオンダラー・ベイビー』は、語り口が前作とは全然違う。



F・X・トゥール, 東 理夫
テン・カウント
原作は『テン・カウント』というボクシング短編小説の一編で、これに
他の短編の話を挿入して一本の脚本にまとめたのがポール・ハギスだ。
『ミリオンダラー・ベイビー』として発売されている本は、彼が構成し
直した映画のノベライズで、原作をかなり肉付けしたもの。最も大きな
違いは、原作にモーガン・フリーマンの役は存在しないということだ。



F.X. トゥール, F.X. Toole, 東 理夫
ミリオンダラー・ベイビー
しかし、当初サンドラ・ブロックのところに脚本が持ち込まれた時は、
まだモーガン・フリーマンの役はなかったものと思われる。なぜなら、
サンドラ・ブロックが自分で監督もしたいと言い出して、ワーナーが
これに難色を示し、主役候補が二転三転した時点でイーストウッドの
参加は決まっておらず、主役はあくまで女性だったと思われるからだ。

つまり、モーガン・フリーマンの役を加えることによって、何が一番
変わってしまうかを考えた場合、彼はイーストウッドの人物像を語る
相棒役として登場するため、そこで初めてフォーカスされる主人公が
完全に老トレーナーになってしまう点だ。しかも、彼の存在は二人の
物語を俯瞰の視点で語るナレーションの役割も果たしているが、実は
そのナレーションが最後の最後にモーガン・フリーマンの手紙の内容
だったとわかる。手紙の相手は、老トレーナーの人生の後悔の根源に
ある、劇中には登場してこない娘だ。老トレーナーは、返事が一通も
来ないにも関わらず、いつも自分の娘に手紙を書いている。おそらく
何らかの理由で決別したのだろうが、それが彼の人生最大の後悔の念
となって、毎週欠かさず教会に通って神父に答えを求めている--
そんな状況で出会った女性ボクサーとの話をモーガン・フリーマンが
消息を絶った父親に代わって「君の父親は、こういう人だったんだよ」
と、彼の娘に宛てた手紙の内容--それがこの物語だったことになる。

原作の小説は、ボクシング業界に携わっていた著者がその裏側にある
真実をリアルに描いているだけだ。それはそれで興味深く面白いが、
それをモーガン・フリーマンの視点で語るという奥行きのある複雑な
構造の話に変えてしまったことで炙り出されるのは、女性ボクサーの
「尊厳死」の問題ではなく、老トレーナーの人生と娘への愛情だ。

つまり、イーストウッドの演出は原作の女性ボクサーとのリアルな
やり取りをすべて会えない娘への愛情の表現に昇華させてしまって
いるわけだ。イーストウッドが監督に決まった後、それを指示して
ポール・ハギスに書き直させたと思うのは、そのためだ。原作には
ない役で助演男優賞を獲らせてしまうぐらい、その変更は成功して
いる。ポール・ハギスが脚色賞の候補どまりで、イーストウッドが
監督賞を受賞したのは、そういうことなんじゃないだろうか。



ポニーキャニオン
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ポニーキャニオン
ミリオンダラー・ベイビー
この映画が『ミスティック・リバー』よりも遙かに好きなのは、
そんな完璧なるイーストウッドのための美学に貫かれた作品に
なっているからだ。しかも、彼が泣くシーンなど今までトンと
見た記憶がない。暗闇に隠れて、その顔はよく見えなかったが
……もし、それがイーストウッドでなかったら、こんなに好き
にはならなかった。彼が演じているから、総合評価★★★★★
なのだ。これがファンとしての結論。だから、
他人がどう思おうと、彼には主演男優賞をあげて欲しかった。

次回作『父親たちの星条旗』に、彼は出てこない。監督のみだ。
それでも、ポール・ハギスが原作『硫黄島の星条旗』をどう料理
してるか楽しみ!……しかも、この“硫黄島プロジェクト”は、
日本側から第二次大戦の硫黄島決戦を描く第2弾も撮影中で、
今月クランクアップの予定。『硫黄島からの手紙』という
タイトルで今年12月に公開される。主演は、渡辺謙。
イーストウッドが自ら指名した。他にも二宮和也、伊原剛志、
加瀬亮、中村獅童、そして裕木奈江も出演するらしい。
イーストウッドにとっては前代未聞の意欲作となる。




ジェイムズ ブラッドリー, ロン パワーズ, James Bradley, Ron Powers, 島田 三蔵
硫黄島の星条旗